東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7384号 判決 1965年2月16日
原告 山田弘次
被告 中尾槌人 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告――左記判決
「被告らは、別紙目録<省略>の建物(以下、本件建物という。)中、東京都世田谷区池尻町一五九番の一三宅地三八坪二合(以下、本件第一土地という)と同町一五九番の八宅地六八坪二合(以下、本件第二土地という)との境界線から南方五〇センチメートル以内の土地上に存在する建物部分(別紙図面赤斜線部分)を収去せよ。」
二、被告ら――主文と同旨の判決
第二、原告の請求原因
一、原告は本件第二土地の所有者であり、一方被告らは同土地の南側に隣接する本件第一土地の共有者であつて、両者は互いに相隣関係にある。
二、ところが、被告らは、共同して、昭和三七年六月二日頃から本件第一土地に本件建物の建築を始め、同年一二月頃これを完成した。
しかし、右建物は本件第一土地いつぱいに、すなわち同土地と本件第二土地との境界線から僅か五ないし一〇センチメートルの距離をおいただけで、建築してあるものである。したがつて、右建築は民法第二三四条第一項に違反する。
三、よつて、原告は被告らに対し、同条第二項本文に基き、本件建物中、前記境界線から南方五〇センチメートル以内の本件第一土地上に存在する部分の収去を求める。
第三、被告らの答弁および抗弁
一、答弁
請求原因事実は全部認める。
二、抗弁
(一)、本件建物は、原告主張のとおり、既に竣成したものであるから、本訴請求はそれ自体、失当である。(民法第二三四条第二項但書)
(二)、建築基準法による民法の適用排除
仮に右主張が採用されないとしても、本件建物の敷地は商業地域且つ防火地域に指定されているところであるうえ、同建物はその外壁が耐火構造となつている耐火建築物であるから、被告らは建築基準法第五五条第一項および第六五条により、本件建物をその敷地いつぱいに、すなわち同建物の外壁を隣地境界線に接して建築することができるものであるところ――このことは、被告らが本件建物の建築をなす際、その旨の東京都の建築確認を得たことによつても明らかである――右建築基準法の規定(特に同法第六五条)は、民法第二三四条第一項の特則として、これに優先する関係にあるものであるから、被告らの本件建物の建築はなんら違法なるものではない。而して、右両法条の関係は、別紙(一)、被告らの主張、第一のとおりである。
(三)、慣習による民法の適用排除
仮に右主張が採用されないとしても、本件建物の敷地附近には、民法第二三四条と異る慣習、すなわち隣地境界線に接して建物を建築し得る慣習があるところ、被告らは右慣習に従つて本件建物を建築したものであるから、右建築はなんら違法なるものではない(同法第二三六条)。而して、右慣習の存在については、別紙(一)、被告らの主張、第二のとおりである。
(四)、原告の承諾
仮に右主張もまた採用されないとしても、被告らは本件建物を建築する際、遅くとも昭和三七年七月一七日頃までに、原告から、右建物のいわゆる密着建築を前提として、本件境界線附近の原告所有地上に足場を設置することの許可を得て、以て明示または黙示に、本件第二土地との境界線より五〇センチメートルの距離をおかずに本件建物を建築することにつき、承諾を得たものであるから、右建築は適法である。
(五)、権利の濫用
仮に以上の主張がすべて採用されないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用であるから許されない。すなわち、本件建物は既に竣成しているものであるうえ、原告が同建物の建築につき異議の申出をしたときは既に全工程の約七割を終了していたものであるから、今更これを中止することは不可能であつたものであるところ、現在本件建物の一部を原告の請求どおり収去せんか、同建物は鉄筋コンクリートの四階建であるから、被告らはこれにより莫大なる損害を被むるに反し、原告は本件建物が現在の位置にあると否とによりなんら影饗を受けることなく、原告宅の通風、採光等の諸点においても殆んど変化は認められない。したがつて、原告の本訴請求は、これにより同人の受ける僅少な利益と被告らの被むる甚大な損失とに鑑み、権利の濫用であるというべきである。
第四、右抗弁に対する原告の答弁
一、抗弁(一)について、
「本件建物が既に竣成していること」は認める。しかし、本訴請求は同建物の建築着手の時から一年以内で、しかもその竣成以前に提起されたものであるから、正当である。
二、抗弁(二)について、
「被告らが本件建物の建築をなす際、東京都の建築確認を得たこと」は認める。しかし、その余は争う。
仮に、本件建物の敷地が被告ら主張の地域内にあり、且つ同建物がその主張のような建築物であるため、被告らは建築基準法第五五条第一項および第六五条により、本件建物をその主張のように建築することができるものであるとしても、右建築基準法の規定(特に同法第六五条)は、民法第二三四条第一項の特則として、これに優先する関係にあるものではないから、結局、被告らの本件建物の建築は、民法第二三四条第一項の制限を受けるものである。而して、右両法条の関係は別紙(二)、原告の主張、第一のとおりである。
三、抗弁(三)について、
「本件建物の敷地が被告ら主張のような放射四号線に面していること。および右道路が玉川線の電車通りであること」は認める。しかし、その余は争う。而して、本件建物の敷地附近には、民法第二三四条と異る慣習は存在しないこと、仮に存在するとしても、法的効力をもたないことは、別紙(二)、原告の主張、第二のとおりである。
四、抗弁(四)について、
全部否認する。
被告らは最初から、本件建物の建築は、建築基準法により許されたものとして、これを施行したものであつて、原告に対しいわゆる密着建築の承諾を求めたことなく、右承諾を求める意思すらなかつたもので、勿論原告がこれを承諾したことなど全くない。むしろ、原告は最初から本件建物の建築につき異議を述べ、また被告らに対し設計の変更等を要求しているものである。仮に原告が被告らに対し、その主張のような足場設置を承諾したものとしても、右承諾が即密着建築の承諾となるものではない。
五、抗弁(五)について、
「本件建物が鉄筋コンクリートの四階建であつて、既に竣成していること」は認める。しかし、その余は争う。
原告は本件建物の建築により、原告所有の本件第二土地およびその地上の平家建住宅につき、採光や通風を不当に妨げられ、多大の損害を被つている。そこで、被告らに対し、最初から、本件建物の建築により、原告においては生活上の、被告らにおいては建物取壊しの、社会的には経済上の、著しい損害を回避するため、即時設計変更を要求したものであるが、被告らはこれに応ぜず右建築を強行したものである。したがつて、現在本件建物が完成しているとしても、これは被告らが将来一部の取壊しを受けることを覚悟の上で、完成したものというべきであるから、右取壊しの結果、被告らが莫大な損害を被むるとしても、それは自業自得であるというべきである。それ故、原告の本訴請求はなんら権利の濫用ではない。
第五、立証<省略>
理由
一、原告の請求原因事実は全部当事者間に争がない。
二、そこで、被告らの抗弁につき判断する。
(一)、抗弁(一)について、
「本件建物が既に竣成していること」は当事者間に争がない。しかし、「本訴請求は同建物の建築着手の時から一年以内で、しかもその竣成以前に提起されたものであること」は前記請求原因事実および本件記録に徴し明らかである。そうとすれば、原告の本訴請求は、それ自体失当であるとはいえないから(大判民集一〇巻一二号、一、一一三頁参照)、被告らの右抗弁は採用できない。
(二)、抗弁(二)について、
「被告らが本件建物の建築をなす際、東京都の建築確認を得たこと」は当事者間に争がない。そして、成立に争ない乙第一号証の一ないし六・同第二号証・同第四号証の一、二・同第六号証および検証の結果を綜合すれば「本件建物の敷地は商業地域且つ防火地域に指定されているところであつて、しかも同建物はその外壁が耐火構造となつている耐火建築物であること」を認めることができる。そうとすれば、被告らは、民法との関係においてはともかく、建築基準法との関係においては、同法第五五条第一項および第六五条により、本件建物をその敷地いつぱいに、しかも同建物の外壁を隣地境界線に接して建築することができるものといわなければならない。(しかし、本件において、直接問題となるのは、建物の敷地面積と建築面積との関係ではなく、隣地境界線附近における建築制限の点のみであるから、前者に関する建築基準法第五五条第一項については、特にこれを検討する必要がない。)
そこで、民法第二三四条第一項と建築基準法第六五条との関係について判断する。
右両法条の関係については、民法にも建築基準法にも直接これを明確にした条文は存在しないが、右両法条の文言のみを比較すれば、民法第二三四条第一項は隣地との境界線附近の建築制限についての一般法であつて、建築基準法第六五条はその特別法ないし例外規定であること、明らかである。しかし、右両法条の関係は、単に法文のみの比較だけではなく、更に両法条の立法趣旨その他を考慮して、実質的にこれを決定しなければならない。
そこでまず、民法第二三四条第一項の立法趣旨について考えてみると、同条は相隣接する土地所有者相互の生活上の利益の保護および防火等の便宜よりする公益上の要請を考慮したものというべきである。蓋し、隣接の土地所有者が境界線に接着して建物を築造すれば、隣地およびその地上の建物は通風、採光および建物(特に外壁)修繕の便宜等の点において悪影響を受け、また相隣接する土地所有者が相互に境界線に接着して建物を築造すれば、単に右両建物がお互いに境界線の側において通風、採光および外壁の修繕等が殆んど不可能となるのみならず、火災予防および現実の消火等の点においても、公益上好ましくない結果を招来するものであるからである。しかしながら、同条の存在は、農村においてはともかく都会地、特に商工業の経営やその発展上土地が重大な意義を有する地域においては(かかる地域は地価も高く、且つまた土地の入手が困難である)、右土地の有効利用を阻害するものであることはいうまでもない。
これに対し、建築基準法第六五条は、一定の地域(例えば、防火地域または準防火地域)内にある建築物で、一定の構造(例えば、外壁が耐火構造)のものについては、例外として、土地所有者に対し隣地境界線附近の建築制限を緩和し、以て右土地(建物敷地)の有効利用を認めたものというべきである。蓋し、右地域は同法所定の目的(第一条参照)を達成するため、建設大臣が都市計画区域内において都市計画の施設として指定するものであるので(同法第六〇条)、同地域内の建築物については、他の地域にみられない防火上の特別の建築制限が要請され、事実またこれが存在するのであるが(同法第六一条ないし第六七条の二等参照。そして、これは民法第二三四条第一項などとは比較にならない強力な建築制限であることを注意すべきである)、反面、同地域は都市計画区域内においても、商工業の発展上枢要なところであるので、土地の有効利用ないし合理的利用が強く要請され(これは公益上の要請である)、またかかる地域は地価も高く、したがつて土地の入手が困難であるところから、土地所有者自身、採光や通風等は犠牲にしても、最大限度まで自己の土地を利用することを希望するので(これは私益上の要請である)、以上の要請を調和するため、前記地域内の土地所有者に限り、しかも一定の条件のもとに前記建築制限(この中には民法第二三四条第一項も含まれる)を緩和したのが建築基準法第六五条であると考えられるからである。
そうとすれば、建築基準法第六五条は実質的にも民法第二三四条第一項の特別法であるといわなければならない。
もつとも、以上のような解釈については、左記のような反対論が考えられる。すなわち、
記
「民法は対等な私人間の生活関係(私法関係)を規律する法規であるから、同法第二三四条も勿論私法である。これに対し、建築基準法は同法所定の目的を達成するため、建築物の敷地、構造、設備および用途に関する最低の基準を定めた、いわゆる建築行政の基本法(公法)であつて、根本的には行政主体と人民との間の権力支配関係(公法関係)における建築統制法規であるから、同法第六五条も勿論その例外ではない。而して、同法の定める諸種の建築基準(右第六五条もその一である)は、私人間の私的合意によりこれを左右できるものではなく、またその実行の確保はもつぱら同法所定の行政庁のなす建築確認、検査および使用承認、違反建築物に対する是正措置等に任せられているので、結局これは行政法規として行政庁のなすべき右一連の措置の基準であるにすぎず、したがつて行政庁が建築確認をなす場合には、当該申請が建築基準法およびその下位の規則ならびに条例等に適合するか否かにつき判断をすれば十分であつて(同法第六条第三項)、民法その他の私法々規による適否につき審査をする義務もなければ、またその必要もない。右建築確認は私人間の権利・義務とは全く無関係である。そうとすれば、相隣接する土地所有者間の、境界線附近における建物建築に関する権利・義務については、もつぱら民法第二三四条のみが適用され、建築基準法第六五条は右所有者間の私法上における権利・義務につきなんら消長を及ぼすものではないというべきである。」
しかしながら、民法と建築基準法の性格が前記のようなものとしても、公法々規(この中には、勿論行政法規も含まれる)により私人間の権利・義務を規定することは不可能ではなく、現に公法的法規の中には、直接間接に民法々規を修正または補充する規定が無数に存在する。したがつて、建築基準法第六五条が行政法規である同法の中に存在するという形式的な一事によつて、民法々規を修正し、相隣接する土地所有者間の私法上の権利・義務に消長を及ぼすことが不可能であるということはできない。のみならず、建築基準法所定の建築基準(建築制限)はすべて建築主に対する命令または禁止の形で規定されているのに(この点は、民法上の建築制限である同法第二三四条第一項についても同様である)、ひとり同法第六五条のみ許容の形で規定されていること、および前説示のような同条の立法趣旨にかんがみれば、同条は、単に行政庁が前記確認等をする際の判断の基準として、いわゆる密着建築の可能な場合の条件を定めたもの、ないし建築主に対し、公法上、単に一般的な建築制限を緩和し、一定条件のもとに密着建築を許容したものと解すべきではなく、更に私法上も、建築主(これは土地所有者であることが多いであろう)に対し建築制限を緩和して、同条所定の場合には、密着建築が可能である旨、許容したものというべきである。また、行政庁が建築確認をする際、私人間の権利関係につきなんらの顧慮も払わないのは、建築基準法および右確認の性格からして当然のことであつて、右一事はなんら民法第二三四条と建築基準法第六五条との関係についての前記解釈を左右するものではない。(したがつて、右両法条の関係についての原告の主張は採用できない。)
しからば、被告らの本件建物の建築は結局適法であつて、前記抗弁は理由がある。
三、よつて、原告の本訴請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古川純一)
別紙(一) 被告らの主張(準備書面)
第一、建築基準法第六五条と民法第二三四条第一項との関係について、
一、右両法条の関係については、建築基準法にも民法にも直接の規定は存しない。したがつて、右両法条の関係は建築基準法の立法趣旨および性格、民法第二三四条の立法趣旨、他の法律との関連、憲法を頂点とする法体系ならびに社会の実情等を綜合的に検討したうえ、正しい解釈を下さねばならない。
二、そこで、まず建築基準法の立法趣旨および性格について按ずるに、同法は昭和二五年制定公布され、施行せられた法律であるが、同法の母体は既に大正八年法律第三七号として制定公布された「市街地建築物法」として存在し、右建築基準法の公布に伴つて廃止せられたものである。
ところで、右市街地建築物法は都市の商工業の発展を助長し、市民に安住を得しめ、健全なる都市の発展を促進することを目的として制定施行されたものである。したがつて、同法は必ずしも市街地における建築物に関してこれを取締るだけの消極的な法規ではなく、積極的に都市の発展を助成するのが本旨なのである。すなわち、商業地域を定めて商業の利便を計り、工業地域を定めて工場の施設を容易ならしめ、また住居地域を定めて住居の安寧を維持し、且つまた道路を定めて建築物の位置を指定し、交通の緩和を計り、事故の防止につとめ、防火地域を指定し、防火壁を設けしめ、建築物の構造を規定して火災その他の災害を未然に防がんとし、更に建築物の高さ、距離、採光、換気の方法を示して衛生に備え、保健を計つているものである。
建築基準法は右市街地建築物法の目的を受継ぎ、更に同法施行以来今日に至るまでの都市の発展、人口の集中および産業経済の進展に伴う時代の要請等に即応するため制定、施行された法律であつて、単に建築物の建築基準および建築制限の設定、建築確認の手続および違反建築に対する罰則を規定したものではなく、更に積極的に都市の健全なる発展、ひいては公共の福祉を増進することを目的とした強行法規であり、建築基準法をもつて単なる建築に関する取締法規ないしは行政法規であると解するのは、同法の真の立法趣旨を没却するものといわなければならない。
三、建築基準法の右のような立法趣旨および目的からみて、当然に同法は都市計画法と密接なる関連を有するものである。
都市計画法は大正八年制定公布せられ、同九年一月一日から施行されたものであるが、同法はその第一条において同法の目的を次のように規定している。すなわち、「本法において、都市計画と称するは交通、衛生、保安、防空、経済等に関し永久に公共の安寧を維持し、または福利を増進するための重要施設の計画にして市もしくは主務大臣の指定する町村の区域内においてまたはその区域外にわたり施行すべきものをいう」と規定している。
また同法第一〇条においては、「都市計画区域内において建築基準法による地域、地区または街区の指定、変更または廃止をなすときは、都市計画の施設としてこれをなすべし」と規定している。
右都市計画法第一〇条の規定に照応して建築基準法はその第四八条第一項において「建設大臣は都市計画区域内において都市計画法の定める手続によつて、都市計画の施設として住居地域、商業地域、準工業地域または工業地域を指定することができる」と規定し、同条第二項において「建設大臣は、前項の規定による指定をする場合には、関係市町村の申出に基いてしなければならない」と規定している。
また同法第六〇条第一項において「建設大臣は都市計画区域内において、都市計画法の定める手続によつて、都市計画の施設として、防火地域または準防火地域を指定することができる」と規定し、同条第二項において「第四八条第二項の規定は、前項の規定による指定をする場合に準用する」と規定している。
(なお、右同様の規定は市街地建築物法の中にもあつた。――同法第一条、第一三条第一項、第二項参照)
したがつて、住居地域、商業地域、工業地域あるいは防火地域は都市計画法の定める手続によつて、都市計画の施設として、関係市町村の申出に基いて、建設大臣が指定するものである。
ところで、都市計画の目的は、都市の構成に統一を与え、街路その他の公共施設を整備すると共に、土地の利用を合理化することにあるのであるが、この目的を遂行するうえに最も大きな支障となるのは私的土地所有権の強固な存在である。したがつて、都市計画を円滑に遂行するためには、その土地所有権を取得するか、それともこれに公法上の制限を加えるか、いずれかの方法をとることを前提とするわけであるが、都市計画法は後者の途を選び「都市計画の決定」という行為によつて、土地所有権に対する公法上の制限の効果が生ずるものとし、将来の都市計画事業の前に横たわる障害を除き、都市構築を容易ならしめることとしているのである。(田中二郎「土地法」法律学全集第一五巻一一八頁以下参照)
また都市計画法第三条「都市計画、都市計画事業および毎年度執行すべき都市計画事業は、都市計画審議会の議を経て、主務大臣これを決定し、内閣の認可を受くべし」と規定しているのであるが、右の都市計画の決定というのは、前述の意味での都市の計画そのものに公定力を付与する処分であり、この都市計画の決定によつて土地所有権に対する公法上の制限の効果が生ずるのである。
すなわち、これを建築基準法との関係においていえば、建築基準法の定める住居地域、商業地域、工業地域あるいは防火地域の指定には、右地域の指定そのものによつて、建築基準法上、種々の建築基準または建築制限の効果が生ずるのであつて、これすなわち、土地所有権に対する公法上の制限の効果が生ずるものに外ならない。
故に都市計画法第一〇条、建築基準法第六〇条に基き、都市計画法第三条の手続によつて防火地域が指定された場合には、当該土地において建築物を建築するには、耐火建築物でなければ建築できない等、建築基準法に定められた種々の建築制限を受けることとなり、その限りにおいて土地所有権に対する公法上の制限の効果が生ずると共に、他面建築基準法第六五条の関係においては、防火地域に指定された土地の上に建物を建築する者は、外壁が耐火構造である耐火建築物を建築する場合には、その外壁を隣地境界線に接して設けることを公法上許容されているのであつて、右公法上の許容の反面として、隣地所有者は右建築主に対し民法第二三四条第一項により建築物を土地境界線から五〇センチメートル離して建築するよう請求し得る私法上の権利を公法上制限される効果が生じたものといわなければならない。
これを本件についていえば、東京都において防火地域且つ商業地域に指定された場所は、東京都においても枢要な場所であるから、土地の有効利用、合理的利用を最も必要とするので、同土地において耐火建築物を建築する場合には、民法第二三四条第一項の規定にかかわらず、建築基準法によつて右建築物の外壁を隣地境界線に接して設けることが認められているものである。
四、以上のように解することは、建築基準法および都市計画法の立法趣旨および目的に合致し、ひいては民法第一条第一項、憲法第一二条の精神に合致する所以であり、有機的な関連を有する法体系全体からみて正当な解釈であり、社会の実情に合致するものといわなければならない。
第二、民法第二三四条と異なる慣習の存在について、
一、東京都内、殊に旧市街地においては、以前より、隣地境界線に接して建物を建てる慣習が存在する。このことは判例も認めている。
東京地裁 大正一三、一〇、一四 判決、新聞二三二九号、一九頁、評論一四巻民訴六四頁。
右判決は大正一三年当時のものであるから、その後四〇年を経過し、人口の増加ならびに都市発展の著しい今日においては、右慣習の認められる地域は旧市街地に限らず、新市街地にも拡大されるべきであり、現に新市街地においても右慣習の認められる場所が数多く存在し、また同趣旨の判例もある。
大判 昭和一一、八、一〇 判決、新聞四〇三三号一二頁。
更に建築基準法第五五条第一項、第六五条のように民法第二三四条第一項と異なる内容を持つた法律が制定施行されていること自体、前記慣習の存在を認め得る有力な徴表というベきである。
二、ところで、本件建物の敷地は、東京都の都市計画において放射四号線として指定された。いわゆるオリンピツク道路に面しているものであるが、右道路は玉川線の電車通りで軒並に商店街を形成し、且つ東京都の将来の発展のため枢要な街路に当つているので、道路の幅員が四〇メートル拡張され、道路の端から両側二〇メートルの地域が商業地域且つ防火地域に指定され、本件建物の敷地はこの中に包含されているものである。そして、右道路に面する建物は、従来の建物においても隣地と密着して建築されているものが多数存在するのみならず、新築建物においては殆んど隣地と接着して建築されている実情である。
三、次に東京都においては、一般に商業地域且つ防火地域に指定された地域は枢要な地域であるので土地の有効利用、高度利用が要請され、またかかる地域は地価も高く、土地所有者が最高限度まで土地を利用する傾向にあるので、敷地いつぱいの建築につても、建築基準法に基ずく建築基準に合致しておれば建築確認をしており、しかも従来、右建築確認をした場合、隣地所有者から東京都に対し異議または苦情等が申立てられたことは絶無である。
四、そうとすれば、本件建物の敷地附近には、前記慣習が存在するというべきである。
別紙(二) 原告の主張(準備書面)
第一、民法第二三四条と建築基準法第六五条との関係について、
一、民法第二三四条は相隣地関係における土地所有権の行使を制限するものであり、その反面、隣地所有者は同条所定の距離を保たずに建築しようとする者に対してその建築を廃止、変更させる権利を認められているものであつて、右は土地所有権そのものの内容の拡張であり、地役権と同一の作用をなすものである。
而して、右の権利は隣地者相互に認められているものであるから、同条の立法趣旨は採光、通風、建物修繕の便利等の確保により、市民の基本的な生活上の利益を保護するにあるものというべきである。
二、これに対し、建築基準法は国民の生命、健康および財産の保護を図り、公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備および用途に関する最低基準を定めている(第一条)。したがつて、同法は建築行政の基本法として、行政庁のなすべき確認、検査、措置等の基準を定めた純粋な技術的な行政法規にほかならない。
右の性格は同法第六五条においても同様である。すなわち、同条はその文言によれば、一見民法第二三四条と正面から抵触するように見えるけれども、同条は右基準法の第六章「防火地域」の中の一規定であつて、――同章は防火地域または準防火地域内の建築物について、その構造(耐火構造または防火構造)、防火設傭の義務等につき、種々の技術的な制限規定を設けているものである。――単に建築確認の上で、同条に定める地域内の建築物で、外壁が耐火構造のものについては、右外壁を隣地境界線に接して設けることが可能だとして、その上限を定めたものにほかならない。
三、基準法が民法と開係をもつのはこの第六五条だけであるが、同条が民法第二三四条との関係について何も規定していないのは、基準法があくまでも行政法規にして私人相互間の関係を規律するものではないからであつて、かかる私人間の権利関係については、専ら民法の相隣関係法規のみが適用されると解すべきである。蓋し、両法は前記のように立法目的および規律対象が全く異なるからである。
したがつて、行政官庁は建築確認に際し、当該申請が建築基準法およびその下位の規則、条令等に適合するか否かにつき判断をすれば十分であつて、民法による適否につき調査をする義務もなければまたその必要もない。私人間の権利関係は全く別論である。それ故、被告ら主張のように、「基準法第六五条による公法上の許容の反面として、隣地所有者は民法第二三四条第二項の建築の廃止、変更を請求する権利が公法上制限される効果が生ずる」というのは、個人が他の個人の財産権(本件では、法定地役権に類似する原告の土地所有権)を侵すことを国家が承認してはならないことを当然に含む憲法第二九条の精神に反するものである。基準法第六五条は、単に公法上の許容を定めただけのもので、私法上の権利を制限するものではない。
基準法第五五条第一項についても、その第一号に該当するものは、同項本文(建ぺい率の制限)に対する例外で、単に百パーセント建てることが可能だというにすぎず、百パーセント建てるのが望ましいわけではなく、まして建てなければならぬというものではない。
したがつて、建築基準法第五五条第一項、第六五条によつて本件建物はその敷地いつぱいに、すなわち外壁を隣地境界線に接して設けることができるとしても、それは右同法に違反しないというだけであつて、原告の民法第二三四条第二項による権利主張に対しては、なんら消長を及ぼさないというべきである。
第二、民法第二三四条と異る慣習の不存在等について、
一、元来、右法条の立法趣旨は、相隣接する家屋の通風、採光、外壁修繕の便宜等を考慮したものであつて、公益上の問題にも関連するものであるから、同条を排斥する同法第二三六条の慣習の内容およびその存否については、慎重にこれを決すべきものである。
ところで、本件建物の敷地中、その南側は昭和三七年春、道路の幅員が拡張されたため、渋谷駅から三軒茶屋に向う放射四号線に直面することになつたが、本件係争部分はその裏側(北側)の部分である。そして、本件建物附近は、地価も安く、近時右道路の拡張の結果、ようやく繁華街となりつつあるものの、それは電車通りのみであつて、その裏側は閑静な住宅地であり、しかも右電車通りとても、従来は家並の低い日本家屋の店舗が一列の帯状につらなつていただけであつて、原告所有の本件第二土地は現在もなお右住宅地である。したがつて、本件建物附近には、実際に密着建築はきわめて少く、それすらも、同一の所有者の土地上にある建物かも知れないし、当事者間で話合のうえ建築したものかも知れない。
また商業地域、防火地域等の指定は、必ずしも密集地帯にのみなされるものとは限らず、将来の発展を考慮してなされるものであるから、右の指定と密着建築の慣習とはなんらの関係もない。
それ故、本件建物の敷地附近には、被告ら主張の慣習は全く存在しないものである。
のみならず、近時においては、かえつて高層建築の場合には、その敷地の北側境界線より一、五メートル離すべきであるとする動きさえある。すなわち、建設大臣の諮問機関である東京都市計画地方審議会は昭和三七年一二月、建設大臣に対し都内二三区について建ぺい率の緩和、一定地域内の建物の高度制限等に関し答甲をしたが、その中において、右高度制限につき、高度地区の指定を受ける新宿、世田谷、渋谷等一三区のうち、国電山手線の内側地区では原則として四階以上の建物の建築は認められず、山手線の外側地区(本件土地は外側地区)では二階までは制限ないが、それ以上の建物を建てようとする場合(本件建物は四階建)には北側の隣接地区から一定の距離(一、五メートル)を離さなければならない旨、述べているのである。而して、右答申の趣旨は、住宅地に高層建物を建築する場合には、その北側の土地、建物は日陰となり、衛生上悪影響を受けるので、同地域の住民の利益を保護するために、一定の基準を設けんとするものである。
二、仮に本件建物の敷地附近に被告ら主張の慣習が存在するとしても、右慣習は、電車通り(放射四号線)の商店街のようにいわば「お互いさま」の間柄ならまだしも、右電車通りの裏側(北側)に当る本件係争部分においては、原告(隣接地所有者)の、民法第二三四条により認められた、採光、通風、外壁修繕の便宜等に関する権利ないし利益を、なんらの補償もなく、一方的に剥奪するものであるから、憲法第二九条の趣旨に反し、したがつて法的効力を有しないものというべきである。
(なお、下級裁判所民事裁判例集一二巻一一号 二五九頁参照)